フェイヨンの隠者 ~年老いた軍師の回想録~
その昔、ラグナロクオンライン(RO)のIris,EirサーバでGvGを戦った、叩き上げの元参謀がフェイヨンの酒場で静かに語る昔話。そして彼がかつて戦場にあった折、経験の中で得た、いくつかの教訓と知識。
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4,永久的な発展-同盟を結びし者たち-(47)
 「…人の営みは、持てる技術に関わらず、過去も未来もさほど変わってはいない…」
 「うむ」
 「先ほどそう申されましたね。そういうものなのでしょうか」

 このとき若者の頭の中には、これまでの攻城戦の歴史が浮かび上がっていた。
 同盟という軍事単位の成立。クルセイダーやバード、ダンサーといった新しい職業の台頭。新しい情報連絡体制の確立と運用。ロキ防衛。ギルドスキルの活用。エマージェンシーコール…。
 攻城戦における技術は進歩し続けているではないか。それによって我々のありようも変わっているのではないのだろうか。そう思っての反問だった。

 「戦場において、どのように立ち回るかという事に関しては、変わっている箇所も多い、と言って差し支えはなかろう。わしもそれを否定するものではない」
 老人は若者の思索を完全に読んだかのように、そう答えた。
 「もっとも、真に熟練した者たちは、戦場においてさえ、どのように生き残ればよいかをちゃんと知っており、そしてそれはどこの戦場でも変わらぬ。常に敵よりも多数の味方に囲まれて戦い、無理に単独で行動せず、その場において倒すべき人物をきちんと弁える。技術の力の強く及ぶ戦場においてすらかくの如し。いわんや技術の及ばぬ戦場の外をや…というわけじゃな」
 「なるほど…確かに。戦場の外には、技術が及ばない…か」
 「というよりも、戦場の外では、あくまでも技術は人の営みを乗せる道具でしかない、というべきじゃな。戦場の外でなされる攻城戦活動は、ほぼ全てが人と人とのコミュニケーションによるもので、それは代替できる類のものではない」
 ふむ。一つうなずくと、老人はグラスに一口つけた後、おもむろに口を開いた。
 「次はその事を語り合うか。俎上に乗せるのは『会議』という名のコミュニケーションがふさわしそうじゃな」



 いやぁ、ずいぶん間が開いてしまいました。ちょっと別件で忙しくて。
 継続して忙しいので、なかなか筆をとる時間が取れなくて…なんてのはどうでもよいですね。
 というわけで、次のテーマは「会議」です。

 同盟における活動を語る上で、おそらく絶対に避けて通れないもの。それが会議でしょう。
 現実社会でも数限りなく行われている会議という営みは、今日の民主主義に生きる我々には、まずなくすことはできない意思決定の方法の一つです。

 しかしながら、人間がどれだけ技術を発展させたところで、この会議の意味や品質を向上させることはなかなかできません。
 老人がいみじくも言っているとおり、会議とは純粋なコミュニケーションと、それによってもたらされる意思決定の手段であるがゆえに、技術はあくまでもコミュニケーションの乗り物としてしか関われないからです。

 そしてもう一つ、RO世界において私は何百という会議に出席し、主催したことも数え切れないほどありますが、会議に臨んだときに、参加者が取ってしまうミスリアクションというのが、いつの時代でも同じで、しかもそれはGvのパラダイムに関わらず変わっていない、という事を痛感してきました。

 もっと簡単に言うと、私がGvに身を投じた頃と、現在のGvの両方の時代を比較したとき、戦術におけるオプションは極めて差が開いているというのに、会議に対する考え方というのは、ほとんどまったくと言っていいほど前に進んでいない…と私は感じています。
 その理由は、会議の参加者一人一人が、そもそも「会議のあり方、やり方」というものを意識していないからではないかな、と私は考えていて、それについて考えてみる、というのがこのトピックスの目的です。

 というわけで、以降は、事例を通しながら、会議において念頭に置くべきガイドラインを語ってみたいと思います。
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